愚昧な人に道理は説くな

社会で暮らしていると人間関係のストレスは絶え間ないと思います。

今日は、少し強烈なタイトルではありますが、この記事を読んでくれている聡明な読者の皆さま向けに、周囲との関係から生じるストレスを極力減らしてもらうべく、記事を書きました。

まずは、坂本龍馬が残した言葉からご覧ください。

俺は議論はしない。
議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ。

坂本龍馬は、言わずと知れた幕末きっての革新的な人物です。そして同時に、群雄割拠する時代にあって、見事な交渉力で薩長をまとめ上げた人物です。

彼の残したこの言葉は、交渉という行為の隠れた的を得ていると言えます。

皆さんは、普段、仕事をしていて、周囲が間違った判断をした際に、どうしていますか。何も言わずに見過ごすでしょうか。それとも間違っていると異を唱えるでしょうか。

坂本龍馬は、議論すること、つまり、間違っていると異を唱えることはしないと言っています。

なぜでしょうか。それは、ほとんどの人は、道理ではなく、感情で判断しているからなのです。

議論というのは、ディベートという競技にもあるように、自分の主張の正当性を相手に説いて、それを認めさせることです。

相手が合理的な性格で、論理に基づいて理解して納得できる聡明な人物であれば議論は成り立ちますが、多くの人は自分の感情に逆らうことはできませんので、論理ではほとんど納得することはありません

むしろ、自分の感情に逆らうような意見というものには拒否反応を示しますし、そういう意見を主張する人にはストレスを感じて、敵対心を持ってしまいます。

ですので、坂本龍馬は、議論は無用であるということを言っているのです。

相手が聡明であれば議論も成り立ちますが、愚昧な人に道理を説いても無駄だということです。ことわざでいえば、馬の耳に念仏です。

では、相手を説得するために議論をしないのであれば、どうすればよいでしょうか。それは、相手をよく見て、何を欲しているのかを理解し、道理ではなく、利益によって動かすということです。

このあたりは、また別の記事にしたいと思います。

愚昧な人の悪口は言うな

議論だけでなく、悪口も当然ながら言うべきではありません。

人はなぜ悪口を言ってしまうかというと、自分の嫌いな相手に対して、自分の優位性を示すことで、社会的に自分を守ろうとしているからなのです。

嫌いな相手の弱みであったり、自分の強みに焦点を当てることで、自分の優位性を示す行為が悪口です。

しかしそんなことをしても、相手はそれを理解できない上、逆に相手は同じように相手が優位な側面で応酬するでしょう。そして敵対心は増すばかりでしょう。

周りの人たちも、そういった応酬には、基本的には無関心です。

つまり、悪口を言っても、社会的に自分を守ることができない上、無用に敵対心を煽るだけなのです。

もし、相手に勝ちたかったら、単なる悪口はやめて、まずは自分の能力を上げて結果を出し、周囲から認めてもらうことが重要です。