【書評】桜井章一「わが遺言」雀鬼

今日は麻雀界の大物である雀鬼こと桜井章一さんが2015年に書かれた「わが遺言」についてお話していきたいと思います。

おお!雀鬼!

雀鬼はたくさんの本を出していますが、わたしがこの本を取り上げたのは、裏麻雀の世界で20年間無敗のまま引退した雀鬼の哲学のまとめが詰め込まれているからです。

あの雀鬼も、この本を書いた時点で72歳。随分と月日は流れたと思いながら、氏の哲学を堪能しましょう!

自然を愛する雀鬼とは

桜井章一さんこと雀鬼は、厳しい裏プロの世界に身を置き、命がかかった極限の勝負の中で、プレッシャーに負けない強いメンタルを培ってきました。

そして裏プロからの引退後、牌の音という雀荘を経営し、雀鬼会という道場の弟子たちに精神的な育成を行なっています。

雀鬼流の教えは、自然に基づく柔軟性からきています。雀鬼は、厳しい勝負の場においても、自然であることを心がけ、動作を柔らかくすることによって思考に柔軟性や臨機応変さを生み出して困難を切り抜けていたといいます。

頑固者と言われてしまう人は、日々の動作が固まっているはずだから、柔らかさを持つようにと教えています。

業界にはおもねらず、現代的なスマホは嫌いというところからも、雀鬼の哲学には仙人的な雰囲気があります。

自分を信じることで「自由」になれる

雀鬼は、自分を信じろといいます。「信じる」ということを生み出したのが人間の弱さだとするなら、自分を信じることで何かに頼る、すがるということが減り、むしろ自由になれると説きます。

さらに、良いことも悪いことも清濁併呑して、本質が何なのかを考える力をつけようといいます。日本人は、面倒ごとは勘弁といわんばかりに問題から目を背け、根拠のない願望に多くの人がすがる傾向が強いといいます。おそらく戦後、盲目的にアメリカを追従するだけでよかった時代が長かったからでしょう。雀鬼は、そのような思考停止状態は危険だといいます。

雀鬼の哲学で変わった視点のものといえば、目標を持つなというものがあります。目標によって、人は自由ではいられなくなるからです。雀鬼の哲学は、徹底して自由であることを求めるものだといえます。

「楽しいか、つまらないか」という基準

雀鬼は、若い頃には無給のサラリーマン時代を経て、裏社会の麻雀で無敗を築き、引退後は雀荘のオヤジとなって若者に麻雀を通した精神的な教育を行っています。

このように、世間の人々とは違うユニークな生き方をしてきた雀鬼は、人生の岐路においてどのような判断を行ってきたのでしょうか。

その答えは、至極単純なものでした。「楽しいか、つまらないか」で判断するということが答えです。

色々な自己啓発系の本を読んでいると、堀江貴文氏や出口治明氏をはじめとして、この「楽しい」という気持ちを基準に生きている人はとても多くいますこちらの記事にも書きましたが、これは本能的欲求であり、人にとって大切なものです。

雀鬼もこの「楽しい」という気持ちにそって自分を偽ることなく生きています。そして「楽しい」を追い求めることで、他の人と比べる必要もなくなるともいいます。

さらに「楽しい」という基準は、ときに成長を必要とするものであり、険しい道を歩むものだということも教えてくれます。

雀鬼の哲学、皆さんも読んでみてはどうでしょうか。