アカギから学ぶ哲学

皆さんは、福本伸行先生の漫画は読んだことありますか。

私は、先生の漫画がとても好きなのですが、その中でも「天」と「アカギ」という漫画に登場する「赤木しげる」というキャラクターがとても好きです。

アカギ(ここでは「赤木しげる」ではなく通称のアカギと呼びます)とは、他を圧倒する聡明な頭脳の持ち主であり、社会のルールに従わないアマノジャクでもあり、勝負をこよなく愛する博打打ちです。

そして何より、世の中の本質を突いた独特の哲学を持ったキャラクターであり、彼の哲学は、私たちの暮らしに多くの示唆を与えてくれます。

今日は赤木しげるから「満足に生きる秘訣」を学びたいと思います。

アカギとはどのようなキャラクターか

アカギは、福本伸行先生著の『天』という漫画で、まずはサブキャラクターとして登場します。

その強烈な存在感から、主人公の天を追い抜いて圧倒的な読者支持を得ることになり、ファン投票でも福本漫画の中で最高の支持率を持つキャラクターです。

その人気の高さから、漫画『天』のスピンオフ作品としてアカギが主人公となった『アカギ』という別漫画が生まれたことでも分かります。

漫画『天』では、ギャンブル(こと麻雀)が強いキャラクターが次から次へと出てくるのですが、その中でもアカギは随一の聡明さを持ち、同じギャンブル世界の人間からも「圧倒的天才」と言われていました。

アカギは、ギャンブルにおいて常軌を逸した才覚を発揮し、圧倒的に強かったのです。

漫画『天』におけるアカギ

アカギ独自の哲学は、漫画『天』の終盤の3巻(16巻、17巻、18巻)で特に見ることができます。

16巻の冒頭で、まずはアカギが死んだという知らせから始まります。

知らせを聞いた者たちは、急いで知らせの場所に集まります。そこでは、実はアカギはまだ生きており、みなと今生の別れをしたあと、尊厳死を遂げるつもりであることが打ち明けられます。

「なぜそのようなことをするのか・・・」、わけがわからない者たちに、アカギが説明をします。

実は、アルツハイマーを患っておりだいぶ進行していること、片目のほとんどが見えなくなっていること、数字も数えられなくなってしまっていること、今はかろうじて自分を保てているがここ数日でそれも奪われること。

そして、アカギは説明を続けます。

わけが分からない人間になるくらいであれば、いっそ自ら命を絶つことを決心したと。

あの聡明なアカギが、よりによってアルツハイマーを患っていることに、皆は驚愕するとともに、必死でアカギに生き続けてほしいと懇願します。

ここから、アカギのオリジナルの哲学が余すところなく描写され、それが感動の渦を呼ぶのです。

アカギの哲学

命は二の次・・・それより自分が大事だ・・・・・!

これは、アルツハイマーになっても生き続けることの意味を仲間から説かれたときに、アカギが放った言葉です。

アカギの生き方は、他人のそれとはかなり違ったものでした。

ギャンブルが非常に強いので、一晩で莫大な金や名声を手に入れることもあります。しかしアカギは、毎回それらを全て捨ててしまいます。

金や名声を一度身につけると、人はそれを守り、さらには増大させようとする、結果的にそれらは人の心を縛り、自分自身の魂の叫びが聞こえなくなってしまうためです。同様の理由から、アカギは家族さえ作りませんでした。

俺は偏っているっ・・・!

俺は・・・・唯一・・・それを誇りにここまで生きてきた・・・・!

このアカギの言葉からもそれがわかります。

アカギは、そうした他人とは違う生き方、自分自身の魂の叫びに従うこと、簡単に言うと、自分自身の意思を最も尊重することを誇りに生きてきたのです。

アルツハイマーによって自分自身の魂の叫び、赤木しげるとしての意思が消えてしまっては、生き続ける意味が全くない、もとより自分自身の意思が無くなった状態で生き続けるなど言語道断だったのです。

アカギは、不運にもアルツハイマーにかかってしまいました。

アカギは、非常に無念であり、赤木しげるでいられるならもう少し生きたかったといいます。一方、今までの人生には非常に満足していると言いました。

そして、仲間の必死の説得も空しく、アカギは絶命します。しかしそこにはしっかりと満足に生きた人間だけに出る清々しい微笑が浮かんでいました。

自分の哲学に従って生きることこそ、アカギにとっての幸せだったのです。

赤木と全く同じ哲学を持つ必要などない

巻末の福本先生のあとがきにもありましたが、何も私たち全員がアカギと同じような哲学を持つ必要など全くありません。

もとより少し脱線してしまいますが、世の中の自己啓発本には、何かしらのルールや心構えなどが出回っていますが、私たち全員がそれに従う必要など全くありません。そういったものは、他人が築き上げた哲学だからです。

他人の作ったルールに則って生きても、そこに「満足のいく生き方」などありません。

私たちは、それぞれが自分の哲学を持って、満足する行き方を探求すればよいのです。アカギは、そうした生き方を私たちに見せてくれたのだと思います。

最後に、アカギの金言を載せておきます。

無念であることが そのまま「生の証」だ・・・!
思うようにいかねぇことばかりじゃねえか・・・ 生きるってことは・・・・!
不本意の連続・・・・・・・時には全く理不尽な・・・ ひどい仕打ちだってある・・・・・!
けどよ・・・・・ たぶん・・・・・・ それでいいんだな・・・・・
無念が「願い」を光らせる・・・・・・・・!

今生の最後の別れは
他人に告げることでなく・・・告げられることでもなく・・・
俺が・・・俺自身に伝える・・・・最後の言葉・・・!

今日ご紹介したのは、こちらのアカギ16巻から18巻です。

アカギの記念すべき1巻はこちらです。

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ラボネコ
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